マヤ暦数字上の見えない太陽神 ◆maya/ednWs

マヤ暦の数字と思想で完全再現される守護数4「太陽の神」の生まれです。                          自民党、宮城県警、宮城県及び仙台市に監禁されたので、自分の中での正義の中で「告訴と提訴」を行い、勝利を目指すものです。

【守護数4解説】過去に、1975年に「三塚博」と言う宇宙人が居たらしい。これが国会議員の宇宙人アホブームの始まり

 

 1975年、

要するに1972+3年ですね。

自民党清和会3代目会長 三塚博の事ですね。

 

こいつらは全て、来年に私が司法処理です。

ここら辺のダニは、私は二度と相手にはしないのですよ。

 

私は、スピリチュアル世界は少しずつ解析は進んでいるし、

過去の三塚博なんてどうでもいいレベルだろうね。

 

特に霊媒絡みでは、私が世界で一番弄れるね。

 

 

だから、今更下記記事で、1975年11月時代の掘り起こしですね。

 

 

国会議員の神通力なんてゴミそのものですよ。

位の高い神官とか、馬鹿みたいに話していたが、

私ならば瞬時に回収して無能に出来る。

 

あんな奴らは、相手にすらならない。

 

私は、割と噂では「何でも出来るとは噂がそろそろ着いては回っています

それでも苦手な分野も多々あるが。

 

霊媒系攻撃であれば、そのままお返しできますね。

元々、私の神通力はゼロ精製

だから多種なだけです。

 

貰って使う足りない人とは違うんですね。

 

その格の差は、

 

神職が標準であれば、私は遙か上の宇宙人だろうね。

 

全然違うよ。

神職なんて全く相手にしていない。

 

 

まず、基本的に強い術者は霊媒エネルギーの強さで人物を見ます。

私は見た目はゼロです。

それは見た目で隠しているからです。

 

持っている量は、世界の人間で一番多いです。

 

エネルギーを持っていると言うよりも、

私は自分から離れている場所で、エネルギーを生み出せる。

 

元々、私にはエネルギーの消費概念が無いです。

 

だから、守護数4相当なんです。

 

大地にエネルギーを注ぎ込むのが守護数4

これが出来ない人は、守護数4ではないです。

 

 

何度も、エネルギーの回収と書いていますが、実は回収ではないです。

こちらは無限なので、別な場所に飛ばしているだけです。

そんなのはこちらは要らないので。

 

 

結局、私は最後は魂処理」は瞬時に出来ます。

触らぬ神に祟りなし」ですので、宜しくお願いします。

 

こんなの、飯を食いながらでも簡単にできます。

世界の何処に居ようが瞬時で可能です。

元々、私の神通力は自動追尾です。

 

現行で、自民党らがヤクザを使ってきたので差し合いです。

ですので、向こうだけ甚大なダメージですね。

正当防衛ですね。

 

 

 

 

 

「宇宙人には爪がなかった」 “UFOから生還した”青年が語った“あの6日間”【体験告白編】 | 夏に読みたい「怖い話」 | 文春オンライン
https://bunshun.jp/articles/-/13186

UFOに誘拐されたのか、少年たちに殺されたのか 人口600人の村で起こった奇妙すぎる事件【誘拐編】 | 夏に読みたい「怖い話」 | 文春オンライン
https://bunshun.jp/articles/-/13143

 

 

 

 

1月26日(いちがつにじゅうろくにち)はグレゴリオ暦で年始から26日目に当たり、年末まであと339日(閏年では340日)ある。


1975年 - 創価学会の国際組織としてSGI創価学会インタナショナル)が発足。会長には池田大作創価学会会長が就任[1]。

1983年 - SGI創価学会インタナショナル)の池田大作会長が「SGIの日記念提言(平和提言)」を聖教新聞紙面に発表[1]。


1月26日 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/1%E6%9C%8826%E6%97%A5

 

 


8月15日(はちがつじゅうごにち)は、グレゴリオ暦で年始から227日目(閏年では228日目)にあたり、年末まであと138日ある。

 

1945年 - 第二次世界大戦: 正午、昭和天皇が「戦争終結詔書」を読み上げる玉音放送により、ポツダム宣言

1964年 - 富士山頂レーダーが完成。

1975年 - 三木武夫が現職首相としては初めて終戦の日靖国神社に参拝。

1985年 - 中曽根康弘首相が閣僚17人とともに靖国神社公式参拝

2006年 - 小泉純一郎首相が靖国神社に参拝。

2007年 - ペルー地震

2013年 - ドッコイセ福知山花火大会屋台爆発事故が発生。

2017年 - 翌16日にかけて台湾全土で600万戸を超える規模の大停電が発生[1]。大潭発電所の停止によるもの[1]。


終戦の日戦没者を追悼し平和を祈念する日(日本の旗 日本)
日本で、1945年8月15日の正午に、天皇による終戦詔書のラジオ放送(玉音放送)が行われ、国民にポツダム宣言受諾が伝えられた。1963年以降、毎年この日に「全国戦没者追悼式」が行われる。

8月15日 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/8%E6%9C%8815%E6%97%A5

 

 

 

12月9日(じゅうにがつここのか)は、グレゴリオ暦で年始から343日目(閏年では344日目)にあたり、年末まであと22日ある。


1931年 - スペイン第二共和政: スペインの国会で新憲法が成立。

1945年 - GHQが農地改革を指示。

1975年 - 国連総会で障害者の権利宣言を採択。

2005年 - 日本政府が自衛隊イラク派遣の1年間延長を決定。

 

障害者の日(日本の旗 日本)
1975年に国連総会で「障害者の権利宣言」が採択されたことを記念し、国際障害者年であった1981年の12月9日に開催された総理府(現内閣府)主催の中心記念事業「広がる希望の集い」で制定。

12月9日 - Wikipedia

 

 

 

 

 

 

 

「身体調査で激痛が……」 “UFOに誘拐された”トラビスの証言はウソか本当か?【生還編】

「身体調査で激痛が……」 “UFOに誘拐された”トラビスの証言はウソか本当か?【生還編】

©iStock.com

 

UFOに誘拐されたのか、少年たちに殺されたのか 人口600人の村で起こった奇妙すぎる事件【誘拐編】 から続く

 1975年11月、アメリカ合衆国アリゾナ州で森林作業員をしていたトラヴィスウォルトンが失踪した。 

 失踪現場に戻るのを拒むほど、恐怖に震えていた同僚の若者たちが話したのは「トラヴィスはUFOに誘拐された」という衝撃の証言だった。

 70年代の米国は、「アメリカ人の51%がUFOの実在を信じており、11%が目撃した経験がある」(73年、ギャラップ調査)という調査結果もあったくらいの“SF・オカルト大国”だった。当時の空気感をあますことなく伝える、前述のトラヴィスウォルトン事件”を追った記者のレポートを再掲載する。

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初出:文藝春秋デラックス『古代の遺跡とUFOの謎』1976年7月号

※本文中は当時の表記のまま「トラビス」に統一しています

(全3回の2回目/ #1 より続く)

◆◆◆

■「UFOで受けた身体調査のせいで……」トラビス、6日ぶりに発見

 テストの日の夜おそく、スノーフレークの南隣にあるテイラー村で、グランド・ネフ家の電話がなった。同家はトラビスの姉の嫁ぎ先であった。

 真夜中の電話をとったネフは、相手の声があまりにも弱々しく最初はそれがトラビスとはわからなかったという。

「今、ヒーバーのガソリン・スタンドの電話ボックスにいる。負傷しているからすぐに助けに来てくれ」

 電話のトラビスは、そう言って頼んだ。ネフはすぐに車を走らせ、スノーフレークのトラビスの家に急いだ。トラビスの母、ケレット夫人が電話をもっていなかったからである。そこには事故発生以来、弟の安否を気づかって、グレンデール市から兄デュエインもきていた。ネフは彼と共にガソリン・スタンドに急行した。

 電話ボックスの床に、トラビスがうずくまっていた。すごくヒゲが伸び、やつれ果てた彼は、頭と胸の激痛を訴えた。たぶんUFOの内部でうけた身体調査のせいだろうと言っていた。ひとまずネフの家に落ち着いたトラビスは、喉のかわきがひどいらしく多量の水を飲み、チーズを食べた。しかし、気持が悪くなって吐いてしまった。

 兄のデュエインは、大病院で診察をうけるべきだと考えた。そして夜明けを待たずに、車で4時間かかるグレンデール市の自宅に向けて出発した。

 ガレスピー保安官がデュエインからの電話を受けたのは、11日だった。

「トラビスが昨夜見つかった。現在はテューソン市の某病院で診断をうけているが、衰弱がひどく、混乱もしている。しばらくはそっとしておきたいので誰にも会わせない。回復したら会わせるし、ポリグラフ・テストもOKだ」

 デュエインはこう説明した。しかし保安官はことの真偽を確かめたいと思った。直ちに会わせないと捜査の妨害をしたものと見なす……、こう威嚇されたデュエインは折れた。カメラやテープを用いず、保安官1人だけで、という条件をつけたのだ。

 その日の夕刻、トラビスが隠れているというフェニックス市に向かった保安官は、約束通りトラビスの体験談を聴取した。その内容は、翌12日にナバホ郡副保安官ケン・ノーランの口から洩らされ、マスコミに大々的に報じられるところとなった。

■「この話がウソである確率は10%ほどか」が一転

 一方、事件そのものに疑いをもつ人も、数多く現われた。トラビスが住むスノーフレークの住人ばかりでなく、UFO専門家の口からも、信頼性を疑う発表がなされたのである。GSW(航空宇宙関係の技師)は、当初、現場を調査して、「10ガウスという異常に高い残留磁気」「この話がウソである確率は10%ほどか」などと発表していたが、この時期になって“疑念”を表明するようになった。「トラビスがなぜか逃げ回っていること」「テューソン市の私立病院にいた、というその頃、トラビスはフェニックス市の精神・心理医スチュアード博士のオフィスにいたこと」などなどが、スポールディングのあげた疑念であった。

 デュエインは、これに対して当然反撃に出たが、やはりトラビスの所在は明かさなかった。結局のところ、トラビスのポリグラフ・テストが待たれたのである。

 トラビス・ウォルトンポリグラフ・テストは、11月14日の金曜日と決まった。マスコミ関係者、アリゾナ州の市民たちはかたずを飲んで、それを待った。

 ところが、期待に反してトラビスは現われなかったのである。彼に対する非難が、一時に高まったのは当然で、ガレスピー保安官は、「今後テストは行なわず、もし話がデッチアゲとわかれば追及する」と声明、スポールディングも、「すでに大金と時間を費やしているが、もう調査は打ち切る。科学的UFO研究に対する信頼が失われることを恐れるからだ」と発表した。

 マスコミは躍起になってウォルトン兄弟を追った。しかし行方はわからず、「トラビス現われず。事件はウソか?」と、腹いせのように報じただけだった。そしてその後しばらくは、アリゾナ州のマスコミのほとんどが、UFO関係の事件すべてを黙殺するようになってしまったのである。

■「トラビスの話は”本物”」調査を進めた空中現像研究機関

 この一連の成行きの間、APRO(空中現像研究機構)はどうしていたのだろうか。こちらは、じつはトラビスの話を“本物”とみて、別途の調査を進めていたのであった。

 11月11日朝、「トラビス、テューソン市内の病院に」というニュースを聞くやいなや、APROの会長夫人のコラル・ロレンゼンは市内の病院を片っぱしから調べ、どこにもいないと知った。そこで彼女は、兄のデュエインの家にいると推理し、10時45分頃に電話をかけてみた。APROが国際的に定評のある研究団体であると説明し、協力を申し出た。デュエインは「信頼のおける医師に診断させること」を頼んだ。ロレンゼン夫人は、すぐにフェニックス市在住のAPRO会員、ケンドール、ソルツ両博士と連絡をとり、3時半からトラビスの診察を行なうことを決めたのである。

 この10時45分という時間が問題になっている。前述したスチュアード博士(GSWコンサルタント)はトラビス兄弟が、「9時半から2時間、私のオフィスにいた」と語っている。同博士のオフィスとデュエインの家とは、車で30分かかり、時間的にツジツマが合わない。ところが、デュエインの主張は、「スポールディングに教えられたスチュアード博士は、行ってみると内科医ではなかったので、15分ぐらいで出てしまった」というもので、そうだとすると、彼がロレンゼン夫人の電話に応対できることは確かである。APROはこの点を重視し、スチュアード博士は信用できないものと見なしている。一方、博士の側はトラビスを「LSDによる幻覚症状」に似ているとし、「私が麻薬についてもエキスパートだと知って、逃げ出したのだろう」とも言っている。

■なぜトラビスはポリグラフテストから逃げたのか?

 さて、2人の医師と連絡し終わった頃、UFOの実在を科学的に証明した人に10万ドルの賞金を出す、と発表して話題を投げたアメリカの大衆新聞『ナショナル・エンクワイアラー』が、APROにコンタクトしてきた。「トラビスは真実を言っているものと思うが、一時どこかに隠れた方がいい」というロレンゼン夫人の言葉に、“ホテル代などの費用提供”を申し出た『ナショナル・エンクワイアラー』とAPROとの協力による“トラビス潜伏作戦”が成立したのであった(一説には、同紙は独占記者会見記と交換に兄弟に対し5万ドル提供を言い出したという。真偽は別として、12月16日紙面で、事件が独占的に大報道されたことは事実である)。

 デュエインは、ポリグラフ・テストをボイコットした理由をこう説明している。保安官との会見のさい、「ポリグラフ・テストを14日にうけることはいいが、マスコミを外して静かなところで頼む」と要請し、保安官は承諾した。ところが当日ホテルでテレビを見ていると「今日いよいよトラビスのテストが……」と報じられたので、約束違反だとしてボイコットしたのだ、と。

■トラビスは「性格は正常、幻覚性向は見られない」

 さて、11月13日の木曜日、ロレンゼン夫妻は、APROのコンサルタントでカリフォルニア大学教授のハーダー博士とフェニックス空港で落ち合い、トラビスが潜伏するシェラトン・ホテルに向かった。

 トラビスは極度に混乱し、緊張していたので、博士は彼に催眠療法を施した。

 さまざまな検査も行なわれた。フェニックス市内のあるクリニックでは、11日午後採取したトラビスの尿、13日午後採った血液の検査が進められ、各種の脳波テストも行なわれた。しかし、麻薬またはアルコールの服用を示す結果は、出てこなかった(のちに発行されたAPROの『会報』11月号では、スチュアード博士の医師としての資格まで疑問が呈された。どういうわけかAPROとGSWとは、“UFOの科学的研究”を謳いながら、仲が悪い)。

 心理学者のカーン博士は、トラビスをテストした結果、「好奇心は強いが暗示にはかかりにくく、正常な性格の持主だ」と診断し、マコーネル博士はミネソタ式多相性格テスト(MMPIテスト)を試みて、「性格は正常、幻覚性向は見られない」と結論を下した。

UFO誘拐事件【体験告白編】 へ

「宇宙人には爪がなかった」 “UFOから生還した”青年が語った“あの6日間”【体験告白編】 へ続く

(冨山 正弘)

 

「身体調査で激痛が……」 “UFOに誘拐された”トラビスの証言はウソか本当か?【生還編】|ニフティニュース
https://news.nifty.com/article/entame/etc/12113-374524/