マヤ暦数字上の見えない太陽神 ◆maya/ednWs

マヤ暦の数字と思想で完全再現される守護数4「太陽の神」の生まれです。                          自民党、宮城県警、宮城県及び仙台市に監禁されたので、自分の中での正義の中で「告訴と提訴」を行い、勝利を目指すものです。

【私は無神論者】神社の思想が理解出来ない理由【信仰する理由が無い】

 

 こちらが神社思想で害を受けた流れから、これについて記述します。

日本人としての心があっても、私の人生論では神社は迫害宗教でしかなかった。

ですのでゼロベースにして査定することにしました。

 

maya-taiyoushin.hatenablog.com

 

 

 まずは、現行神社の効能が下記ですね。

意味不明です。 

 

 

maya-taiyoushin.hatenablog.com

maya-taiyoushin.hatenablog.com

 

 

次に、各宗教の救済システムとして、

神社は人を助けないと言うことを勉強しました。

 

 

 

1 名前:ガーディス ★ [] 投稿日:2018/12/06(木) 00:00:02.78 id:CAP_USER9
主な宗教の貧者救済システム

キリスト教:救貧院、孤児院、炊き出しなど

仏教:悲田院、施薬院、炊き出し、駆け込み寺など

イスラム教:ザカート、サダカ(喜捨)

ヒンズー教:バクシーシ(喜捨)

神道:やんない。一切やんない。絶対やんない。

神道は貧者救済システムを持たない稀有な宗教。こいつらも慈善事業をやらないこともないが、

「陸軍大将◯◯将軍の銅像建立」とか、「日露戦争忠魂碑改装」とか、「××拝殿の建替え」とか、

絶対に貧しい人や弱い人の為にはならないものばかりを慎重に選択して慈善事業をやってる。

http://www.chugainippoh.co.jp/ronbun/2018/0214.html

 

 

【酒スレ】日本神道は宗教なのに「教典」ないってマジ?★3 
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1544022002/

 

 

 

次に、神社の思想概念が理解出来ませんでした。

 

神は大自然に宿ると言う考え方は理解出来ますが、

石を決めてそれを神にする思想です。

 

私は統合失調症と言う病名の中で、精神障害者視点でも観るので、

現実に、どのように石ころと対話が出来るのか?

私には理解出来ない領域でした。

  

 

maya-taiyoushin.hatenablog.com

 

 

 神社の祭神のシステムについて全く理解出来ませんでした。

 

 神社の祭神システムは、ご神体への憑依であり、

祭祀をしていなければ神社に神は常時存在しません

 

そして、神無月の1か月は出雲大社に神が集まるシステムであり、

そこで全国で平然と祭祀を継続するのも道理が通りません。

  

ja.wikipedia.org

 

 

 祭祀以外は、神社の中はもぬけの空であるのに、

参拝する意味があるんですかね?

 

特に神社の様な場所は、「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」も集まりますので、

逆に不幸になる可能性も高いと推察されます。

 

弱い霊媒のあなたは、果たして大丈夫ですか?

持って行かれないように注意してください。

 

 

 

次に、神社とは武家が作ったオナニーの産物です。

 

 七五三が顕著な例で、あれは神社が昔からやっていた物ではありません

七五三は、徳川家が作った慣習です。

それを神社が自分たちがさも興したように現行まで続けているものです。

 

 神社の社に方角は一切ありません

その土地の形状に合わせたり財を出す武家に言われて方角を決めただけだそうです。

 

 

 神社は武家のオナニーなので、遠方から祭神をコピーして持って来ます

 特に、菅原道真の祭神で有名な天満宮系は、全国数多にあり、

魂を祭神として呼ぶ神社の思想であれば、同時に3つの神社で祭祀をすれば

魂が分裂しなければ、神社のご神体に憑依できません。

祭神をコピーしまくった、説明が不可能である顕著な事例です。

 

 

ja.wikipedia.org

 

 

 また、一つの神社の社には、多数の祭神が祀られている場合が多いです。

宮司神職は、果たして一回の祭祀に当たり、

全ての神と対話をしているのでしょうか?

 

その中での、祭神同士の争い等発生しないのか?

とても不思議なところであり、

古事記などは、平穏の描写がゼロであることで有名です。 

 

現行の平成からの天災の数々は、その神々の世界が崩壊しているのでしょう。

その中で神社に行き、どれだけの効能が個々の参拝者にあるのか、

とても疑問を抱くしかありません。