マヤ暦数字上の見えない太陽神 ◆maya/ednWs

マヤ暦の数字と思想で完全再現される守護数4「太陽の神」の生まれです。                          自民党、宮城県警、宮城県及び仙台市に監禁されたので、自分の中での正義の中で「告訴と提訴」を行い、勝利を目指すものです。

キリスト教の元の旧約聖書は古代エジプトで迫害されたユダヤ人が書いた宗教思想。それをキリストが自分を入れて新たな新約聖書での宗教にした

 5月23日の記事です。

 

これは、下記記事の流れは武家社会で言う落ち武者です。

最後は寺に逃げるのですが、それが教会に替わっただけですね。

 

 『初めに、神が天と地を創造した』

 

これも古事記と同じ流れですし、後から古事記が真似たのでしょう。

 

洗礼日は8月11日になっておりました。

山の日の2月23日生まれである天皇の日なんでしょうね。

 

キリスト教は私に触れなくなったそうですし、いよいよです。

 

 仙台の自治体はなぜ私に賠償金を最善で支払わないのか理解出来んね。

 

このニュースは、キリストとヤクザの間の壁ニュースの様です。

そもそも一緒に最近まで行動していたよね。

 

  

 

 

 

「最初の一節で本物の神様だと思った」

半信半疑でページを開いた聖書だったが、「最初の一節で本物の神様だと思った」と兼光さんは言う。「進化論を含め、人間がどこから来たのかはっきりと分からないのが現状じゃないですか。その中で聖書は最初から『初めに、神が天と地を創造した』と宣言している。もうここに答えが出ているじゃないかと。鳥肌が立ちました」

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「キリスト病」にかかってしまった元山口組系総長(1)3度目の差し入れで読んだ聖書 「最初の一節で確信した」

2019年5月23日21時18分 印刷
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今春、生駒聖書学院に入学した兼光伸一さん(左)と中尾博章さん。
 
 

生駒山奈良県)のふもとに位置するキリスト教の神学校「生駒聖書学院」に今春、2人の元ヤクザが入学した。一人は、山口組直系暴力団(2次団体)の舎弟頭(しゃていがしら)だった兼光伸一(本名・金伸一)さん(58)。舎弟頭は組織内ではナンバー3の地位で、兼光さんは3次団体の総長でもあった。もう一人は、ヤクザ歴30年の中尾博章さん(49)。無期懲役の受刑者だけでも200人ほどが収容されている徳島刑務所などで、通算15年服役した経験がある。

共に10代からヤクザの道に足を踏み入れた2人が、一体どのようにして聖書と出会い、イエス・キリストを信じ、そして今、牧師を目指して神学校で学ぶようになったのか。入学から1カ月余りがたった5月中旬、生駒聖書学院を訪れ、2人に話を伺った。

元ヤクザの父のもと「朝鮮部落」で生まれる

兼光さんは1960年、当時は「朝鮮部落」と呼ばれていた東京のある地域で生まれた。父親は元ヤクザのとび職で、姉と弟がいたが、小学5年の時に父を亡くす。家は非常に貧しくなり、中学2年の夏ごろからは学校にも行かなくなった。東京の歌舞伎町で不良高校生を捕まえてはどう喝し、遊びのためのお金を稼ぐという生活をしていたという。16歳で少年院に入るが、ろくに学校にも行っていなかったため、漢字も書けないほどだった。皮肉にも、本格的に勉強を始めたのは少年院の中だった。しかしすでにその頃から、将来はヤクザになると心に決めていたという。

18歳で本格的なヤクザとなった。2つの暴力団に所属したが、いずれも幹部と反りが合わず、指を詰めてやめた。そして32歳で、後に山口組直系となる暴力団に所属するようになる。その暴力団は兼光さんが移籍した後、組織が拡大し、千人くらいの構成員を要するようになり、「歌舞伎町の一翼を担っていた」という。これまでの人生で、少年鑑別所に3回、少年院に1回、拘置所に7回、刑務所に5回も収容された。

クリスチャンの妻との出会い

10年前、あるクラブで後に妻となる智姫(ちひ)さんと出会った。韓国の美術大学を卒業した智姫さんは、子ども向けの絵本について学ぶため来日した留学生だった。日中は学校に通い、夜は生活費や学費のためにアルバイトをしていたのだった。

ソウル生まれの智姫さんは、小さい頃から教会に通っていた。日本に留学中は、教会から離れていたこともあったが、心の中にはいつも神様への思いがあったという。日本の学校を卒業後、兼光さんと一緒に住むようになるが、最初は「別の世界の人」と結婚までは考えていなかった。しかし、お腹に新しい命が宿っていることが分かる。「子どもを下ろすこともできないと思い、何も隠さず母に伝えました」。突然の妊娠の知らせ、さらに相手がヤクザであることを聞いた智姫さんの母親は、3日間眠れなかったという。しかし、祈りの中で「とりあえず会ってみなさい」と神様が言われているように感じた。兼光さんに実際に会った母親は、小さい頃からの境遇や人柄を理解してくれ、最終的に結婚を認めてくれた。

当時の兼光さんはある民事訴訟を抱えていた。訴えられたわけではなく、10億円を超える債権者として、ある人を訴えていたのだ。事業のために巨額の資金を出資したのだが、相手は約束を守らず利益を独り占めし、電話にも出ない。裏切りへの怒りと憎しみで、当時は「精神的におかしかった」と話す。そんな時にもそばにいてくれた智姫さんの存在が、大きな支えになった。

3度の聖書の差し入れ

山口組と、分裂した神戸山口組による抗争が全国各地で勃発していた2016年3月、兼光さんは歌舞伎町で起こった乱闘事件で逮捕される。兼光さんが所属していた暴力団は複雑な分裂の経緯があり、兼光さん自身は山口組傘下にあったが、かつて同じ暴力団に所属していた人の中には、神戸山口組傘下になった人もいた。その両組の関係者が日中の歌舞伎町で乱闘騒ぎを起こし、その動画がネットにも投稿され注目を集めたのだった。兼光さん自身は乱闘に直接関わっていたわけではなく、止めに入っただけだったが、現場に居合わせたことで逮捕されてしまった。

逮捕後7カ月間は接見禁止で、弁護士以外に会うことは許されなかった。智姫さんは弁護士を通して聖書を差し入れるが、兼光さんは「聖書とは無縁」と拒否。2度目の差し入れも、すぐに宅下げした。「今は悔い改めて大切にしていますが、よりによって注解付きの大きな聖書でした」と笑って振り返るが、宅下げされた聖書を受け取ったとき、智姫さんは涙したという。

歌舞伎町の事件はその後、兼光さんの主張が通り一審は無罪となった。「これは本当に珍しいこと。今思うと妻や教会の皆さんの執り成しの祈りのおかげ」と振り返る。しかし大阪の別の乱闘事件で再逮捕されていた兼光さんは、今度は大阪拘置所へ移送される。智姫さんも、1日10分しか許されない面会のために兼光さんを追って大阪へ引っ越した。1歳になったばかりの娘を連れて毎日面会に訪れたという。そして「これが最後だから。とりあえず読んでみて」と、3度目となる聖書の差し入れをした。

「その時の妻は、何と言うか、すごく輝いて見えました。『何かいいことあった?』と聞くと、『近くの教会に行っている。今は充実している。私はイエス様を信じているから、祈ると平安がある』と言うのです。本当に輝いていて、私からすれば、落ち込まれるよりいいですから、『良かったな。お前の神様に俺も感謝するよ』なんて言いました」

「キリスト病」にかかってしまった元山口組系総長(1)3度目の差し入れで読んだ聖書 「最初の一節で確信した」
生駒聖書学院の校舎の前で、榮義之学院長(中央)と。校舎の屋根には赤い十字架が立っている。

「最初の一節で本物の神様だと思った」

半信半疑でページを開いた聖書だったが、「最初の一節で本物の神様だと思った」と兼光さんは言う。「進化論を含め、人間がどこから来たのかはっきりと分からないのが現状じゃないですか。その中で聖書は最初から『初めに、神が天と地を創造した』と宣言している。もうここに答えが出ているじゃないかと。鳥肌が立ちました」

その後、元ヤクザの牧師らによる伝道団体「ミッション・バラバ」の本も差し入れられ、読んでみた。しかし「自分とは少し違うと思いました。彼らはみんなヤクザをすでにやめてからクリスチャンになった人たちで、自分は現役。自分は同じようにはなれないと思いました」という。だがそれでも「真の神に悔い改めれば、罪は赦(ゆる)される」と書かれた部分だけはすっと入ってきた。それから聖書を真剣に読むようになった。

そして、逮捕から1年2カ月がたった2017年5月に保釈される。ただし、暴力団関係者との面会や連絡は一切禁止という厳しい条件付きだった。だがこの条件のおかげで、教会にも通いやすくなった。保釈の見込みを知らされた智姫さんは、娘を連れて一足先に東京へ戻り、兼光さんが通えそうな教会を探すなど準備をした。しかしこの時はまだ、兼光さんは暴力団の幹部で、2年後に神学校へ入学するため再び関西に戻ってくることなど知る由もなかった。(続く)

「キリスト病」にかかってしまった元山口組系総長(2)夢による啓示、祈りの中で与えられた数々の導き
今春、生駒聖書学院の本科生として入学した兼光伸一さん。学院の敷地内にある家族寮で、妻と子ども2人の家族4人で暮らしながら学んでいる。
 
 

奈良県にある神学校「生駒聖書学院」に今春入学した兼光伸一(本名・金伸一)さん(58)。山口組の直系暴力団(2次団体)でナンバー3の地位にある舎弟頭(しゃていがしら)を務め、3次団体の総長でもあった。しかし、クリスチャンの妻から差し入れられた聖書を読んだことで、ヤクザ歴40年の人生は大きな転機を迎える。5月中旬に生駒聖書学院を訪れ、話を伺った兼光さんのインタビュー後編(前編はこちら)。

夢による啓示

2017年5月に保釈された兼光さんは、妻の智姫(ちひ)さんと当時1歳の娘と共に東京の教会に通い始める。しかし中学生の頃から不良少年で、「お酒が大好きだった」という兼光さんは、それまでと変わらず大酒飲みで、日曜日だけ礼拝に通うという日が続いた。そんな中、保釈されてから数カ月後にある夢を見る。

それは目の前に坂があり、その坂の上で何着かのスーツが風になびいているというものだった。兼光さんが坂を上ると、下には広い駐車場のような場所が広がっていた。スーツをしまわなければと思い、何着か移動すると、キラキラと光るスーツが出てきた。それと同時に、暴力団で親しかった兄弟分が現れた。その兄弟分とは後に仲が悪くなっており、兼光さんは避けるように坂を下りていく。しかし途中で靴に穴が開き、それがどんどん広がり、最後には裸足になってしまった。だが、その兄弟分は「良かったね」と声を掛けてくれる。そして兼光さんは、迎えに来た車に乗り、新しい靴を買いにいくのだった。

兼光さんは当時、刑事2つ、民事1つの計3つの訴訟を抱えていた。しかしこの夢を見て、「全部解決したと思えた。神様が見せてくれた夢だと分かった」という。そして、さらにその3日後、また別の夢を見る。

それは、真っ赤なじゅうたんが敷かれた講堂で、500人くらいの人たちが賛美しているというものだった。そして兼光さんは、胸に五角形のバッチを付け、講堂の壇上の中央に立っていた。「何か教会の働きに関わるようになるのかと思いましたが、夢の意味ははっきりと分かりませんでした」。この2つの夢は神様が見せたものだと確信した兼光さんは、それから毎日、早天祈祷会に参加するようになる。また聖書を毎日読む中で、日に日に考えが変わり、祈りの中でさまざまな思いや幻が与えられ、信仰心が高まっていった。そして2017年8月11日、ついに洗礼を受けた。

3つの訴訟が解決

兼光さんにとって、お酒は一つの「踏み絵」だった。洗礼を受ける直前まで大酒飲みだったが、「祈っている中で『酒をやめろ』という示しが来たのです。でもずっと抵抗しました。知らないふりをしていました」。しかし、1審で無罪となった歌舞伎町の乱闘事件について、弁護士から控訴審で有罪になる可能性があると連絡が来た。「すぐに、お酒のことが頭をよぎりました。そして祈りの中で『分かりました。5年間だけはお酒をやめます』と誓いました。『一生お酒をやめます』と言うと、寂しい気がしたのと、5年飲まなければやめられると思ったので5年です。でも3つの事件が解決したら、もう飲みませんという思いで約束しました」

洗礼を受けてすぐに、智姫さんが2人目を妊娠していることが分かった。大阪の事件は実刑4~5年と見込まれていたため、最初はショックの方が大きかったという。1カ月くらい考えたが、兼光さんの娘にもそろそろ弟か妹が欲しいですねという、牧師の何気ない一言が後押しとなった。「この子の命を神様が与えてくださったとしたら、刑務所には絶対に行かないと思いました。素晴らしい夢も見ましたし、何か私に使命を与えているんだと。そして、その使命を、御心を探さないといけないと思い、早天祈祷会に出席し続けました」

その後、歌舞伎町の事件は何事もなかったように、検察側の控訴が棄却され、無罪が確定。大阪の事件も、懲役3年、執行猶予5年と同類の事件としては最も軽い判決となり、収監されずにすんだ。

そして最後に残ったのが、10億円以上の債権をめぐる民事訴訟だった。

「この民事訴訟については、神様といろいろな対話をしました。『和解しなさい』『イエス様があなたを赦(ゆる)したのだから、あなたも人を赦さないとだめじゃないか』という神様の御心は分かる一方、訴訟の相手に対しては『殺してやる』という憎しみをずっと握りしめていました。『神様、どうすれば赦せるんですか。私が赦さなければ、あなたも私を赦さないんですよね?』と繰り返しました。しかし最終的には『すべて委ねなさい』と言われた思いがして、訴訟も憎しみもすべてイエス様に委ねました。40年間ヤクザをしてきて、暴利金融でもうけたこともあり、その刈り取りが来たんだという思いもありました」

結局は相手側が提示した和解金額をのむ形になったが、昨年12月に和解が成立。晴れてすべての訴訟が解決した。

「お前は病気、キリスト病や」

第2子が生まれてから数カ月後の昨年5月には、祈りの中で「決断しなさい。神学校へ行きなさい。牧師になりなさい」という強い3つの示しが与えられた。早速、ヤクザの世界から正式に足を洗うことを決め、所属する暴力団に引退を告げた。過去に2度、組織を抜けるため指を詰めていた兼光さんだったが、この時は「お前は病気、キリスト病や」と言われ、事なく認められた。「事務所で聖書を読んでいたほどでしたので、周りも分かっていました。『円満退社』でした」。警察にも「引退表明」を提出。驚いた顔なじみの警察官からは、「ヤクザをやめてどうするんですか!? ヤクザしかないって言っていたじゃないですか」と心配されるほどだったという。

警察に提出した「引退表明」には次のように書かれている。

聖書を学び、イエス・キリストが真の神様である事が分かりました。以後、強い信仰心を持ち、教会主日礼拝、早天祈祷、水曜礼拝を通し、神との交わりの中で、人として最も大切な事は、イエス様から受けた十字架の恩義に報いるべく、神の権威を守り従う事であると悟るに至ったのです。よって、今迄(いままで)の価値観を全て捨て、平成29年8月11日には、洗礼を授かり、正真正銘の神の子として生まれ変わる事が出来たのです。

「キリスト病」にかかってしまった元山口組系総長(2)夢による啓示、祈りの中で与えられた数々の導き
ヤクザ現役時代の兼光伸一さん。左胸にある金色のバッジは、「山菱(やまびし)」と呼ばれる山口組の菱形の代紋をデザインしたもの。バッジのチェーンは組織の三役のみが付けられるという。

夢による啓示の答え

ヤクザを正式に引退した後、神学校を探した。かつて夢で見た「五角形のバッチ」は、「五旬節」などと表現されるように、ペンテコステのことだと理解し、神学校はペンテコステ派と決めていた。また東京に住んでいたため、最初は日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の中央聖書神学校へ入学することを考えた。しかし訪ねてみると、時は5月で入学は4月からであっため、1年待つように言われた。

中央聖書神学校を訪れた際、「他にペンテコステ派の神学校はありますか」と尋ね、教えてもらったのが生駒聖書学院だった。しかし当初は奈良県という立地から、候補としてはまったく考えていなかった。だが祈りの中で「生駒」という思いが与えられ、初めてホームページを見て詳しく調べてみた。すると「救いと召命の確信」「学歴不問、国籍、性別、年齢制限なし」という入学資格が目に飛び込んだ。

昨年9月、家族と共に見学に訪れた。学院内を見学し、学院長との面接をした後も、まだ中央聖書神学校か生駒聖書学院のどちらに行くかは決めかねていた。しかし、生駒聖書学院の出入り口に差し掛かった瞬間、ある光景がフラッシュバックした。生駒聖書学院の出入り口は緩やかな坂になっており、洗礼を受ける前に見た「坂の夢」と光景が一致したのだった。

「夢と現実が符合した瞬間でした。自然に涙が出てきました。『ここだ!』という思いが来て、東京に帰るときにはもう生駒聖書学院に行くことを決めていました。長年祈っていたことが分かって、『やっと見つけた』という感じです」

4月に入学してからは「神学生生活を満喫している」という兼光さん。生駒聖書学院の敷地内にある家族寮に家族4人で住み、午前は授業、午後は自習をしたり伝道集会の奉仕をしたりし、日曜日は、午前は礼拝、午後はトラクト配布と忙しくも充実した毎日を送っている。インタビュー後には、ヤクザ時代の写真を見せながら「全然違うでしょう。価値観が変わりましたから」と明るい表情で話してくれた。

「聖書に巡り合ってから、いろいろな出来事があり、いろいろな思い、夢、幻が与えられました。本当に私が180度方向転換するのだけのものがありました」と、確信は固い。祈りの中で神に示された通り、ヤクザをやめる決断をし、神学校に入学した兼光さんは今、最後の「牧師になりなさい」という神の御心に応えようと、3年間の学びに励んでいる。

「キリスト病」にかかってしまった元山口組系総長(1)3度目の差し入れで読んだ聖書 「最初の一節で確信した」 : 宣教 : クリスチャントゥデイ
https://www.christiantoday.co.jp/articles/26857/20190523/ex-yakuza-theological-student-1.htm