マヤ暦数字上の見えない太陽神 ◆maya/ednWs

マヤ暦の数字と思想で完全再現される太陽の神の生まれです。

【八幡宮総本社】宇佐神宮の世襲社家、権宮司の地位の確認訴訟取り下げ、境内にある住居については使用を認められる

 3月16日のニュースです。

 

世襲社家が追いやられたニュースで、境内の中にある住居の使用は認められた裁判です。

 

これは神社界の縦割りの話ですからね。

少なくても神社本庁は確実に腐れているし、私は他人の宗教会社の裁判には特に触れる理由もないですね。

 

下記のブログの方の、若い巫女をはべらす神社の異質さは、こちらも同意できますね。

どのような存在価値があるのか、首をかしげるばかりです。

 

結局は、現行では神社の中は神社本庁から来るOBのダニで埋まっているんでしょうね。

そんな利権の温床に参拝する意味も無いですね。

明治神宮そのものが燃えているのに。

 

心が腐った人間に頭を下げ、何が楽しいのか理解出来ませんが。

 

 

得体の知れないダニは、そもそも私の様なブログを書けない。

そりゃダニだもんね。

 

宮内庁は、アスリート上がりでも式部官長を出来るシロアリの巣くう場所だ。

あんな世も末の人事ではお仕舞いですな。

 

アスリートは運を操るのではなく、たまたま幸運を受けていただけだろ?

そういう勘違いの頭のおかしいのが存在するから困るよね。

 そもそも肉体オナニーのアスリートを見る価値も無いと思うよ。

生産する人間の方が役に立つからな。

 

私は万世一系はとりあえず現行憲法があるので、それは認めるが、宮内庁のゴミなんて存在根拠が無いから、全く相手にしていませんね。

個々で発表しろゴミですよね。

 

こちらは宮内庁の御利益なんて要らないし、

宮内庁と言う名前の建物の中に隠れた得体の知れない下の人間だと思っている。

 

個々で自己紹介してくれないと。

 

 

 

blog.goo.ne.jp

 

 

 

 

世襲家側、控訴取り下げ 境内に住居維持 宇佐神宮訴訟

 
 
 宇佐神宮(宇佐市)の宮司を代々務めてきた世襲家出身の到津克子(いとうづ・よしこ)さん(50)が、宮司に次ぐ権宮司の地位を免職・解雇されたのは無効だとして、神宮などに地位確認を求めた訴訟の控訴審で、原告の到津さん側が控訴を取り下げたことが19日、関係者への取材で分かった。境内にある到津さんの住居を使用し続けることを認めた一審判決を維持するため。昨年2月の同判決が確定した。
 福岡高裁によると、取り下げは16日付。住居を明け渡すよう求めた神宮側の付帯控訴も同時に失効した。
 控訴審は昨年9月に結審後、高裁で双方による和解協議を続けていた。
 原告側によると、住居は到津家の祭祀(さいし)の場を兼ねた建物。高裁の和解案は建物を8年後に明け渡すことなどが条件だった。到津さんは「明け渡しは事実上、社家の廃絶を意味する。高裁判決でも、居住、祭祀の継続を認められるかどうかリスクがある。断腸の思いで一審判決確定の道を選んだ」とコメントした。
 神宮側の代理人弁護士は「話し合いによる円満解決を目指していただけに残念」と述べた。
 確定した一審大分地裁中津支部判決は、免職・解雇には合理的理由があるとして到津さん側の主張を退ける一方、賃金の一部未払いや到津さんへのパワーハラスメントがあったと判断。神宮側に137万円の支払いを命じた。
 建物については「単なる住居ではなく、到津家の伝統秘儀である儀式や祭礼をする場所」と認定。神宮側の返還請求は理由がないと結論付けた。

 

世襲家側、控訴取り下げ 境内に住居維持 宇佐神宮訴訟 - 大分のニュースなら 大分合同新聞プレミアムオンライン Gate
https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2019/03/20/JD0057893821

 

 

 

 

宇佐神宮の後継騒動で、神社本庁が全国八幡神社総本宮宇佐神宮』を乗っ取った!!

 宇佐神宮に限らず日本の有名神社を、神社本庁に巣食う朝鮮人たちは乗っ取って支配下に置いています!!

宇佐神宮(うさじんぐう)は、大分県宇佐市にある神社

式内社名神大社3社)、豊前国一宮勅祭社

社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社

全国に約44,000社ある八幡宮の総本社である。

石清水八幡宮筥崎宮(または鶴岡八幡宮)とともに日本三大八幡宮の一つ。

古くは八幡宇佐宮または八幡大菩薩宇佐宮などと呼ばれた。

また神仏分離以前は神宮寺の弥勒寺(後述)と一体のものとして、正式には宇佐八幡宮弥勒寺と称していた。

現在でも通称として宇佐八幡とも呼ばれる。

 宇佐神宮南北朝時代から到津、宮成両家が宮司職を務め、戦後は到津家が単独で世襲していた。
 2006年、体調を崩していた到津公斉宮司の後任に薦神社(中津市宮司の池永公比古氏が就任。

 その後、池永氏の死去に伴い、09年に神社本庁は、県神社庁長だった穴井伸久氏を特任宮司=現・宮司=に任命した。

 当時の責任役員会はこれを不服とし、到津さんを後任の宮司に任命するよう神社本庁に具申したが、本庁側は「経験不足」として認めず、訴訟へと発展した。

 神職1871年の「太政官布告」によって世襲が禁止されたが、次第に緩和され、戦後1946年に「太政官布告」が廃止されると、また世襲の傾向が強くなった。

 世襲制では、血筋という先天的な資質だけでなく、幼少期から当該環境におかれた結果としての後天的な能力という2つの要素が求められることが多い。

 ちなみに女性神職が認められたのは戦後(1946年)で、現在では女性神職は1割を超すが、いまだ男性社会の名残がある。

 次の例にみられるように、少子化の時代において男子を中心とした世襲制は、後継者と目されていた男子に不測の事態が起きたときに女子による代替が難しく、トラブルが生じやすい。

 全国約4万の八幡神社総本宮である宇佐神宮大分県宇佐市)は、14世紀の南北朝時代から到津(いとうづ)家と宮成家の男性が代々宮司を務めてきたが、宮成家が廃絶し、戦後は到津家が単独で世襲してきた。

 だが78宮司の長男が事故死し、2004年に宮司の体調が悪化すると、長女の克子氏が会社員を辞めて神職の資格を取り、2005年に同神宮の禰宜(ねぎ)となった。

 2007年には39歳にして同神宮初の女性権宮司に異例の速さで昇進し、初の女性宮司誕生が期待された。

 だが、中継ぎとみなされた親戚筋にあたる79宮司2006年就任)が2008年に死去すると、騒動が勃発した。

 後任宮司に神宮の責任役員会は克子氏を選任したが、神社本庁は「経験不足」と認めず、2009年に県神社庁長を任期約3年程度の特任宮司に任命した。

 これに世襲家側が猛反発し、大祭時に宮司席を巡って小競り合いするなど対立が激化。

 後継宮司の地位確認は訴訟に発展し、2013年5月の最高裁判決で世襲家側の敗訴が確定した。

 太宰府天満宮出雲大社など特定の家柄の者を宮司とすることが規則で定められている神社と異なり、宇佐神宮の規則では認められていないと世襲の慣習が否定された 

 2014年1月には神宮の責任役員会が欠勤過多などから克子氏の免職を神社本庁に具申し、5月に神社本庁が克子氏を権宮司職から免職し、神宮も解雇するという世襲が途絶える結果となった。

 処分を不服とする世襲家側が法廷闘争に持ち込み、泥沼化した争いが進行中である。

 宮司の一族が争いを繰り広げているのが、江戸勧進相撲発祥の地として知られる富岡八幡宮(東京都江東区)である。

 同八幡宮では、1995年に富岡興永・前宮司の長男が宮司職を継いだが、女性スキャンダルが報じられたため2001年に辞任し、興永氏が宮司に復帰した。

 長男は宮司を辞めさせられた恨みから、八幡宮禰宜である姉(興永氏の長女)に脅迫文を送り付け、2006年に逮捕された。

 興永氏が体調不良により2010年に退任した後は、宮司不在のまま姉が実質トップの宮司代務者となっているが、その姉が記念碑に宮司の肩書きで刻名したのは職名詐称であるとして、201411月に長男の妻が東京地検に告訴した。

 同神幡宮で働いていた長男の息子が2011年に懲戒解雇されていることも、一族の争いを根深いものにしている。

 戦後のGHQの政教分離政策によって国家神道は国家から切り離されて各地の神社は神社庁の管理下に置かれるようになりました。

 其れまでの神社は明治政府によって国教となっていました。

神社はその地方で代々神主を世襲して来たのですが、それが戦後は神社庁から天下りするようになりました。

 政教分離とは言いながら今までの神主を辞めさせた。

 しかも宮内庁に勤務していた公務員が退官後に神社庁天下りして、其処を退職後には更に有名神社の神主に居座る事が倣いとなっているようです。

 つまり次々と公務員がトコロテン式に各地の神社に天下りして事実上官僚OBが乗っ取る場に利用されているようです。

 

宇佐神宮の後継騒動で、神社本庁が全国八幡神社総本宮宇佐神宮』を乗っ取った!! - 高山清洲・世界平和 人類みんな兄弟
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