OECDによる国際調査で「先進国の成人の半分が簡単な文章を読めない」という衝撃の結果が明らかになった。人間社会のタブーを暴いた『もっと言ってはいけない』の著者が知能格差が経済格差に直結する知識社会が、いま直面しつつある危機に警鐘を鳴らす。

【写真】レベル3の数的思考力の問題

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「国際成人力調査」の結果概要

(1)日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。

(2)日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない。

(3)パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。

(4)65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない。

 ほとんどのひとは、これをなにかの冗談だと思うだろう。だが、これは事実(ファクト)だ。

 先進国の学習到達度調査PISA(ピサ)はその順位が大きく報じられることもあってよく知られているが、PIAAC(ピアック)はその大人版で、16歳から65歳の成人を対象として、仕事に必要な「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力(ITスキル)」を測定する国際調査だ。OECD(経済協力開発機構)加盟の先進国を中心に24カ国・地域の約15万7000人を対象に実施され、日本では「国際成人力調査」として2013年にその結果の概要がまとめられた。


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失業の背景を調査

 ヨーロッパでは若者を中心に高い失業率が問題になっているが、その一方で経営者からは、「どれだけ募集しても必要なスキルをもつ人材が見つからない」との声が寄せられていた。プログラマーを募集したのに、初歩的なプログラミングの知識すらない志望者しかいなかったら採用のしようがない。そこで、失業の背景には仕事とスキルのミスマッチがあるのではないかということになり、実際に調べてみたのだ。

 読解力と数的思考力はレベル1からレベル5で評価され、ホワイトカラーの仕事(専門職)にはレベル4以上が必要とされている。

 実際の問題は公開されていないが、問題例が紹介されているので、どのようなものか具体的に見てみよう。

 

誤答率27.7% レベル3の読解力の問題

 レベル3の読解力の問題では、図書館のホームページにある本のリストから『エコ神話』の著者を答える(図1)。「子どもだましでバカバカしい」と思うだろうが、驚くべきことに、このレベルの問題に正答できない成人が27.7%いる。

 それぞれの本には150字程度の概要が書かれている。レベル4では、「遺伝子組み換え食品に賛成の主張と反対の主張のいずれも信頼できないと主張しているのはどの本ですか」と質問される。短文を読むだけの問題だが、8割ちかい(76.3%)成人がこのレベルの読解力を持っていない。

簡単な問題文が読めない子供たち

 AI(人工知能)に東大の入学試験を受けさせる「東ロボくん」で知られる新井紀子氏は、全国2万5000人の中高生の基礎的読解力を調査し、3人に1人がかんたんな問題文が読めないことを示して日本社会に衝撃を与えた(『AIvs.教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社)。

 一般にはこの結果は「日本の教育が劣化した」と受け取られているが、PIAACのデータはそれが誤解であることをはっきり示している。

 日本の成人のおよそ3人に1人が、本のタイトルと著者名を一致させることができない。なぜこんなことになるかというと、なにを問われているかが理解できないからだろう。

 日本人の3割は、むかしから「教科書が読めない子どもたち」だった。そんな中高生が長じて「日本語が読めない大人」になるのは当然なのだ。

誤答率36.3% レベル3の数的思考力の問題

 レベル3の数的思考力の設問例は立体図形の展開だ(図2)。Aは明らかに形がちがうし、Bは面の数が足りない。残りはCとDで、回転させればどちらも同じだが、Dにだけ屋根に半円形の取っ手がついている(形はCの方が似ているように見える)。

 

 小学校5年生程度の問題だが、これが解けない成人が36.3%いる。

誤答率80%超え レベル4の数的思考力の問題

 レベル4では、1960年から2005年までのメキシコの男女の教育水準を示したグラフが示され、「1970年には、6年を超える学校教育を受けたメキシコ人男性は約何パーセントでしたか」と問われる(図3)。

 男女2つのグラフから男性を選び、5つの調査年から1970年を探し、「学校教育を受けていない」「6年以下の学校教育」「6年を超える学校教育」から該当するものを見つけるだけだが、この単純なグラフの読み取りができる成人は18.8%しかいない。

 

誤答率90%超え レベル3のITスキルの問題

 「ITスキル」のレベル3では、会議室予約の申し込みメールを処理する。

 メールには予約に無関係なもの(たんなる感謝)もあれば、会議室の空き状況を確認するものもある。4件のメールのうち予約申込は3件で、午前、昼、昼から夕方にまたがるものだ。解答者は4つの会議室の空き状況を確認し、午前に1件、昼に1件入れて、残りの1件には利用可能な会議室がないことを返信する。

 これはパソコンを使う職場では最低限のスキルだと思うのだが、日本ではわずか8.3%しかクリアできていない。それに加えて、対象となった成人のうち「コンピュータ経験なし」「コンピュータ導入試験不合格」「コンピュータ調査拒否」が合わせて36.8%もいる。

 これが、OECDが主催する大規模調査での「日本人の実力」だ。それを受け入れがたいと感じるとしたら、あなたが知能が高いひとたちの集団のなかで生活し、現実を錯覚しているからにすぎない。

ほぼすべての分野で日本が24カ国中1位、他国の結果

 しかし、驚きはこれにとどまらない。こんな悲惨な成績なのに、日本はOECDに加盟する先進諸国のなかで、ほぼすべての分野で1位なのだ。だとすれば、他の国はいったいどうなっているのだろうか。

 OECDの平均をもとに、PIAACの結果を要約してみよう。

(1)先進国の成人の約半分(48.8%)はかんたんな文章が読めない。

(2)先進国の成人の半分以上(52%)は小学校3~4年生以下の数的思考力しかない。

(3)先進国の成人のうち、パソコンを使った基本的な仕事ができるのは20人に1人(5.8%)しかいない。

レベル2の読解力の問題の問題

 レベル2の読解力の問題は、「市民マラソン・ウォーキング大会」のホームページから開催者の電話番号を調べるためのリンクをクリックするだけだ。

 これができない成人が、OECD平均で15.5%、およそ6人に1人いる(日本は4.9%)。イタリアは27.7%、スペインは27.5%とほぼ3人に1人だ。

 

レベル2の数的思考力の問題

 レベル2の数的思考力は出張費の計算で、自動車の走行距離1キロあたりに35円を掛け、4000円の食費を加える。

 このレベルの計算ができない成人は、OECD平均で19%、およそ5人に1人だ(日本は8.2%)。イタリアの成人の31.7%、スペインでは30.6%が、掛け算と足し算を組み合わせた問題に対処できない。

 

 PIAACの説明では、レベル1の読解力は「基本的な語彙を含む短い文章が読める」、数的思考力は「基礎的な計算、50%のようなおおまかな割合、単純なグラフがわかる」とされている。レベル2の問題が解けないと、できる仕事はかなりかぎられるだろう。

大卒者の得点が日本の高卒に及ばないイタリアとスペイン

 PIAACの得点分布には明らかな傾向があり、ヨーロッパではスウェーデンなど北欧諸国が高く、南に行くほど低くなる。とりわけイタリアとスペインが深刻で、大卒者の得点が日本の高卒に及ばない。

 イタリアでは2018年6月、北部を基盤とする「同盟」と南部の「五つ星運動」の2つのポピュリズム政党が連立してコンテ政権が成立した。それ以外でも、トランプ政権が誕生したアメリカ、国民投票でEUからの離脱を選択したイギリス、ジレジョーヌ(黄色ベスト)デモで揺れるフランスなどがOECDの平均を下回っている(図4)。

 ここで誰もが思い浮かべるのは、職業に必要な知的スキルが低い国は失業率が高く、ポピュリズムが台頭するのではないかという疑問だろう。国際政治学者は欧米の「右傾化」についてさまざまな解説をしているが、PIAACのデータに基づいたこの単純な説明を無視できるだろうか。

楽観できない若者のデータの詳細

「日本人の3人に1人は日本語が読めない」が、それでも先進国のなかでもっとも優秀だ。しかし、データの詳細を見るとこれで喜んでいるわけにはいかない。

 読解力と数的思考力で日本はたしかに1位だが、年齢別の得点を見ると、16~24歳の数的思考力ではオランダとフィンランドに抜かれて3位に落ちる。より問題なのはITスキルで、パソコンを使えず紙で解答した者を加えた総合順位ではOECD平均をわずかに上回る10位、16~24歳では平均をはるかに下回る14位まで落ちてしまう。

 

 対照的なのが韓国で、全体の順位はOECD平均以下で低迷しているが、これは中高年の得点が低いからで、16~24歳では得点は大きく上がり、読解力で4位、数的思考力で5位、ITスキルでは1位と日本の若者をはるかに上回る。

 わずか1世代で知能が劇的に向上するはずはないから、これは明らかに教育の成果だ。なぜ隣国とこれほど大きな差がついたのか、日本の教育業界は国民(納税者)に対して重い説明責任を負っている。

 だが、より深刻な問題はほかにある。

アメリカの7割程度しかない日本の労働生産性

 知識社会では知的な職業スキルが高いほど生産性が高くなるはずだが、日本の労働生産性は主要先進7カ国でずっと最低で、アメリカの7割程度しかないばかりか、イタリアやスペインより低い。OECDの報告書では、その理由を高い能力が仕事で活かされていないからだとしている。

 男女の社会的な性差を示すジェンダーギャップ指数で日本は世界最底辺の110位だが、PIAACの分析でも、女性のスキルを活用できていないことが男女の収入の大きな差につながっていると示唆されている。

知的には優秀でも能力を無駄にしているという残念な現実

 ここからわかるのは、日本人はたしかに知的には優秀かもしれないが、その能力を無駄にしているという残念な現実だ。それは日本人の働き方が間違っているからであり、さらにいえば、日本社会の仕組みに大きな欠陥があるからだろう。――私はこれを、日本が先進国のふりをした身分制社会だからだと考えている。

 知識社会というのは、定義上、言語運用能力や数学・論理的能力に秀でた者が大きなアドバンテージを持つ社会のことだ。

 高度な知的作業ができるスキルをレベル5とするならば、その割合は読解力でOECDの0.7%(日本は1.2%)、数的思考力で1.1%(同1.5%)しかいない。「ウォール街を占拠せよ」の運動では、1%の富裕層に富が独占されているとして「We are 99%」と叫んだが、PIAACによれば、これは経済格差ではなく職業スキル≒知能の格差のことだ。

 その一方で、レベル3以下だと、オフィスワークに必要なスキルに達しないとされる。その割合は読解力でOECDの87%(日本は76.3%)、数的思考力では86.4%(同80%)にも達する。

 AI(人工知能)が象徴するように、テクノロジーは驚くべきスピードで進歩しており、労働市場で要求される知能のハードルが上がっている。だが人間は、それに応じて賢くなるようにはつくられていない。知識社会が高度化するにつれて、そこから脱落する者が増えるのは必然だ。

 

先進国の5割の成人が「問題文が読めない」という現実

 PIAACでは移民出身者のスコアも計測しており、言語的背景が異なる移民のスキルは顕著に低く、とりわけ北欧で(もともと得点の高い)主流派白人との差が大きく開いている。この「スキル格差」が移民出身者の失業率を高くし、生活保護に依存せざるを得なくさせ、その結果、世界でもっともリベラルな国で排外主義的な政党が台頭することになったのだろう。

 人生100年時代を迎え、AIに負けないよう生涯学習すべきだという話になっている。だが日本人の3割、先進国の5割、そしておそらく世界全体ではそれよりずっと多い成人が、問題の解き方がわからないのではなく、問題文が読めない。この現実に対して教育はどこまで有効なのか。

 生得的な知能のちがいに触れることは、これまでずっとタブーとされてきた。だがもはや、知識社会の矛盾を知能の分布を無視して語ることは不可能になっている。

 ポピュリズムに翻弄される欧米を先導役として、私たち日本人も早晩、この「残酷な世界」の現実を突きつけられることになるだろう。

 

(橘 玲/週刊文春 2019年2月14日号)