マヤ暦数字上の見えない太陽神 ◆maya/ednWs

マヤ暦の数字と思想で完全再現される守護数4「太陽の神」の生まれです。                          自民党、宮城県警、宮城県及び仙台市に監禁されたので、自分の中での正義の中で「告訴と提訴」を行い、勝利を目指すものです。

【天照大神】竹田恆和JOC会長、1974年に交通死亡事故を引き起こしていた!

 現行で、東京五輪の建設会場では、死者が2人出ているらしいですが、

JOC会長の過去にこのような事件があったようです。

 

あっさりと死亡事故起こしているので、

なんかね、巡幸とか行幸(幸を与える意味で)を語るのは100年早いと思いました。

 

この皇室の血筋の方々は大丈夫なのですか?

と、個人的には疑念を抱きますね。

本当に。

 

この家系の皆様が仮に厄災をまこうが、

私に及ぶものはなにもないので、まさにどうでもいいですが・・。

 

私も事故はあるので、別に私はこれについて自分は上とは語らない。

当然、私の絡みで死者は居ないですね。

 

 で、生誕日は昭和22年11月1日だそうです。

 あぁ、自衛隊記念日、いわゆるメキシコの死者の日ですか。

なるほど。

 

 

 

11月1日(じゅういちがつついたち)はグレゴリオ暦で始から305日目(閏年では306日目)にあたり、年末まであと60日ある。


1920年 - 明治神宮創建。

1995年 - 食糧管理法廃止。米の生産・流通・販売が自由化。

2008年 - 任天堂携帯型ゲーム機ニンテンドーDSiが日本国内で発売。

死者の日 (メキシコ)
ラテンアメリカ諸国における祝日

自衛隊記念日(日本の旗 日本)
1966年に制定。実際の創立年月日は1954年7月1日であるが、7月から10月は災害での出動が予想され、記念行事等を行うのに都合が悪いため、天候が
安定する11月1日を記念日とした。

11月1日 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/11%E6%9C%881%E6%97%A5

 

 

 

 

東京五輪招致の裏金問題で“厚顔”答弁…JOC竹田恆和会長に自動車事故で女性を轢き殺した過去が!

リテラ 2016.05.18

 

 実は、竹田氏は40年ちょっと前、若い女性を轢き殺す交通事故を起こしたことがあるのだ。

 当時、竹田氏は馬術の選手で、国体の試合に出るため会場に車で向かう途中のことだった。

この事故について、1974年10月23日付の読売新聞夕刊が〈五輪馬術代表の竹田選手 女性はね死なす〉という見出しで記事にしているので、全文を紹介しよう。

〈茨城国体に出場する東京都の馬術選手の乗用車が、二十二日夕、会場近くの茨城県稲敷郡利根村で歩行者をはね、死亡させた。このため、東京都は、二十三日以降の全馬術競技の出場を辞退した。

 二十二日午後五時ごろ、新利根村角崎の県道を歩いていた同村××××、会社員××××さん(二二)は、茨城国体馬術競技東京都代表、竹田恆和選手(二六)(東京都港区高輪三の一三の一)の乗用車にはねられ、頭を強く打って近くの病院に収容されたが、二十三日午前零時過ぎ死んだ。江戸崎署の調べでは竹田選手が対向車のライトに目がくらんだのが事故の原因。

 竹田選手はIOC国際オリンピック委員会)委員の竹田恒徳氏の三男で、馬術ミュンヘン・オリンピック日本代表。茨城国体には、二十三日午後の一般飛越競技に東京都の代表選手として出場するため、会場の同郡美浦村馬術会場近くの合宿所に行く途中だった。

 竹田選手の事故責任をとり、東京都チームは二十三日朝、この日以降の全馬術競技の出場を辞退することを決定、大会本部に連絡した。〉


 40年以上前の話とはいえ、こんな重大事故を引き起こした人物が、今、日本の五輪組織のトップに君臨しているというのも驚きだが、問題だと思うのはこの事故の後の竹田氏の身の処し方だった。

 新聞報道によれば、明らかに竹田氏側の過失だと思われるが、竹田氏は重い刑事責任を問われることもなく、ほどなく馬術競技に復帰。事故から2年も経っていない1976年に開かれたモントリオールオリンピックに出場しているのである。

 

竹田恆和JOC会長、1974年に交通死亡事故を引き起こしていた!(リテラ:2016年5月18日) - 公営競技はどこへ行く
https://blog.goo.ne.jp/yoroshiku109/e/c53777db0f70e1889f381f54beecd70d