マヤ暦数字上の見えない太陽神 ◆maya/ednWs

マヤ暦の数字と思想で完全再現される守護数4「太陽の神」の生まれです。                          自民党、宮城県警、宮城県及び仙台市に監禁されたので、自分の中での正義の中で「告訴と提訴」を行い、勝利を目指すものです。

地頭が良い人は苦手な人がいないらしい

 コラム的なものを見つけたので記事にします。

 

ちょっとね、私の場合はこの人権の侵害の土地仙台はね。

やってられないですね。色々とむかつくので。

 

下記の話は、ゼロベースで自分で調べると言う努力ですね。

そんな人材でなければ、これからは大変らしいと言う記事です。

 

私が現行でやっているのは戦だからね。

だって過去の償いがされず、現行で生活を破壊のみされていますよ。

私は合法で裁判をやるだけですからね。

 

まぁ、松下幸之助は経営の神様と言われたそうで、そりゃ地頭は良いのでしょ。

そりゃね。

現行では当人は他界しているし、あとはカルトが亡き人間の汚点を作りながら蔓延っている?

私はそんな感じを受ける。

松下政経塾ですな。

 

私は過去にナショナルのビデオは買ったからね。7万だか8万だか出してね。

あのバーコード予約のです。

それで松下政経塾閉鎖病棟に入れられたわけだ。

 

は?馬鹿か死ねだけですよね。

 

結局は経営の神様であっても、自分が内部干渉できる所にお金を出すのはいいだろうけども、政治塾に金を出したことがこの人物の最大の汚点だと私は思いますね。

 

 その組織が一人歩きして犯罪を犯しても、誰がそれを作った?

松下幸之助だとずっと汚点として残るわけですな。

私は重大責任だと思っている。

 

 

 20時13分に、親にネットを遮断されました。

このように親も含めて、仙台と言う土地は犯罪を繰り返すわけですね。

 

要するに誰とでも仲良くできる前提としては、その相手が犯罪者ではないと言う原則が成り立っていなければ成立はしませんね。

私が述べたいのはここかな。

 

仙台と言うのは表面的な詭弁のみ話すが、裏ではカルトが重大犯罪を繰り返しているだけの土地ですからな。

私はそういうのをブログで暴いているだけでね。

そういう犯罪者に対して苦手意識がないと言うのは、その人も犯罪者の仲間入りになると言う事実が残りますね。

 

自分たちが正しいと思うのであれば、まずは山口組の射殺からすればいいし、出来ない警察もその通りですな。

 

私は官と裏社会は切り離して考えているし、どんな理由がその時にあろうが私から見れば明らかに私は官から犯罪を受けて、人権を侵害された事実しか残らない。

担当が替わっても看板は変わらない。それだけの世界ですね。

 

 そういや今確認しましたけど、PHP研究所ね。

私は閉鎖時に本としてこれ一冊のみ親から入れられたね。

 

これが松下幸之助が出してもので、ほら私は現行の屑のせいで、

まるで松下幸之助が私の人生を潰し、本や製品を押しつけている様に見受けられる

 

そういう屑が松下政経塾村井嘉浩秋葉けんやでしょ。

それだけでもう要らないメーカーですよね。

 

こういうことをし始めると刑法223条強要でしかないから。

 

カルトは犯罪だけだからね。

それでメーカーの名声を貶めたのだから、自分たちの犯罪振りが理解出来るのでは?

 強要は全て警察沙汰にされ、そして信用は失墜し、二度と相手にされんね。

 

別に当人は亡き人物なのだから、魂はあるかは知らんが関係のない話でしょ。

 

今後何をしようがあからさまに排除されるだけなのだからね。

 

私は閉鎖時は一時的に面会が許されて、それで親と共に外出して本屋にも行ったが、自分が指定した本は買って貰えなかった。

最新刊であった小説ですね。

割と空想の物語ではあったとは思うよ。

私はそんなのばかりしか読まないので。

 

だから、親じゃないんだよ。カルトの手先

子供のために買っているのではなくて、カルトのために持ってくる。

刷り込みですね。

 

また不正アクセスか。犯罪カルト死ね。

 

私は閉鎖病棟ではPHP一冊だけだったんですよ。

大方2時間も読めば飽きますよね。

 

私は一年間閉鎖だったから、343日×12時間-2時間=4114時間は、

病棟で何も出来ずに苦しんでいたわけですね。

本と言うものすら無い空間でね。

 

閉鎖前も不正アクセスでパソコンも破壊されたからな。

マザーボード交換ね。

 

仙台は終わりなんだからさ。

死ねばいいわな。

 

 

 

では、そもそも地頭の良さとはなんなのでしょうか。確かに、「地頭の良さ=生まれつきの能力」というイメージは、もともとの定義として正しいのかもしれません。しかし、僕はこれが生まれつきの才能によるものだとは思っていません。むしろ、後天的に伸ばすことができる能力だと考えています。

というのも、僕なりに社会人生活を営んできて、学歴や出身などに関係なく「この人、なんて地頭がいいのだろう」と感心させられる人には、以下2つの共通点があります。

1. 常に物事を偏見や先入観で見ず、前提条件を疑い、ゼロベースで捉える

2. その上で「これはどうしてだろう?」と疑問を持ち、ひたすらぐるぐると考え続けている

よって、これはあくまで僕の定義ですが、地頭の良さとは、常に目の前の物事に好奇心と疑問を持ち続け、それを鍛え続ける力のことだと考えています。

 

自ら問題を定義していく時代で発揮されるのは、テストの問題を解く能力ではなく、地頭の良さです。つまり先述した通り、常にあらゆる角度から、物事を考え続ける力です。それは、教育の力で育てることができる能力であり、大人になってからも鍛えられます。

この手の話をすると、ほとんどの人は「今の時代は、まったく新しい能力が必要とされる時代なのだ、自分は時代遅れだ」と捉えてしまうようなのですが、誤解してはならないのは、テストの問題を解くような能力がもてはやされた時代は、日本の歴史において、ものの60年ほどでしかなかったということです。

であれば、本来なら教育も、テスト教育を受けてきた我々も、一旦ズバッとリセットして、能力を鍛え直せばいいのではないでしょうか。それに、何も真新しい能力を求められているわけではありません。少なくとも松下幸之助をはじめとする昭和初期の起業家にはいずれも、今の時代に求められているような地頭の良さがあったのです。

よって、もしこれから生まれる能力格差があるとすれば、それは地頭格差ではなく、「常に物事を新鮮な目で捉え、考え続ける能力」における格差ではないでしょうか。

では、課題発見の時代における地頭の良さ、「常に物事を考え続ける力」とはどのように鍛えればいいのでしょうか。次回は、具体的な方法についてお話ししたいと思います。

 

 

2018年11月16日付

forbesjapan.com

 

 

 

 

 

苦手な相手と自分との共通点を考える

大事なのは、物事の抽象度を上げ下げする思考を、日頃から訓練することです。

 


その方法としておすすめなのが、一見自分とは全く関わりのなさそうな人と、どんな共通点でもって仲良くなれるかを考えることです。つまり、相手と自分の間で抽象度を上げ下げしながら、仲良くなれるポイントを探すのです。さらに、その対象が、なるべく自分が自己嫌悪を持ってしまうような、苦手な相手だとなおいい訓練になります。

例えば、最近はツイッターで歌手やアイドルのファンコミュニティが可視化されるようになったことで、熱狂するファンたちに対して、「信者みたいで怖い」と水を差す人も増えるようになりました。僕はSEKAI NO OWARIが好きですが、SNSでは彼らを「厨二」と揶揄する声も多いですし、「セカオワは好きだけど、ファンは信者みたいで怖い」という意見も少なくありません。

しかし、一見すると厨二っぽいセカオワの歌詞には、実は学校のクラスや会社での同調圧力の中で揉まれているマイノリティの人たちに、光を当てる役割があったりします。ファンは、それによって救われている人たちだ、という観点から捉え直すと、実は自分と同じ痛みを抱えているのかもしれない、と想像することができます。

 

このように抽象度を上げ下げしていけば、自分とセカオワファンの間には、「マイノリティである痛みを抱えている」という共通点を見つけられるのです。すると、自分とは違う種族に対し、「なんか気持ち悪いな、批判してやれ」という嫌悪感がなくなり、むしろ自分との共通点を見つけ、「お互い頑張ろうね」と、仲間になることができるのです。

地頭がいい人は「フットワークが軽い」

一つ言い忘れていたのですが、地頭が良い人たちのもう一つの共通項は、物事に対する先入観がないことです。なぜなら彼らは、常に抽象度を上げ下げしながら物事を捉えることで、「どんな相手も自分の仲間」だと思っているのです。だから新しい場所にもすっと飛び込めるし、フットワークも軽いのです。

まとめると、地頭の良さとは、物事を、複数の視座から考え続ける習慣です。このサイクルが自走し続けると、先天的なものと定義されがちな地頭の良さを、どんな人でも、後天的に作ることができるようになるのです。

世の中の出来事をいろんな視点から見ると、どんな情報でも自分の参考になることに気づけます。

 

 

2018年12月14日付

forbesjapan.com