赤穂浪士討ち入り成功の新説披露

忠臣蔵で知られる赤穂浪士が主君の敵の吉良上野介の屋敷に討ち入りをした今月14日を前に、新発田市の歴史研究家が、討ち入りが成功した背景に迫る新しい説を披露しました。

新潟大学の名誉教授で新発田市に住む冨澤信明さんは、赤穂浪士や新発田市出身の赤穂浪士堀部安兵衛の研究を7年にわたって進めてきました。
冨澤さんが8日、新潟市で発表した研究成果によりますと、吉良上野介は討ち入りの前の年に、幕府から命じられて屋敷を移るいわゆる屋敷替えを行いましたが、屋敷の周辺には、赤穂浪士の主君、浅野内匠頭にかかわりがある親類や縁者の屋敷が30軒以上あったことが確認されたということです。
冨澤さんは、吉良がこうした場所に屋敷替えとなったことで赤穂浪士が襲撃しやすい環境が整ったとしています。
その上で浅野家と親類で、新発田藩とゆかりがある溝口摂津守が当時、幕府で、大名や重要人物を監視する重要な役職に就いていたことが屋敷替えの背景にあると考えています。
冨澤さんは「親類などの関係を明らかにすることで、こうした縁で赤穂浪士に協力したのではないかと推測できる」と話しています。

 

赤穂浪士討ち入り成功の新説披露|NHK 新潟県のニュース
https://www3.nhk.or.jp/lnews/niigata/20181209/1030006043.html