マヤ暦数字上の見えない太陽神 ◆maya/ednWs

マヤ暦の数字と思想で完全再現される太陽の神の生まれです。

憲法改正への関心低下2013年以降最低

 10月27日のニュースです。

現在改憲のみに自民党が集中しているようですが、国民は冷ややかな状態であることがわかりました。この状態だと改憲はかなり困難なのであろうなと思います。

個人的には改憲はする必要は無いと思っていますね。

下記に別なニュースを転載しました。

自民党と神社の黒い癒着が書かれています。なんと皇室は出席無しです。

下記の神社ブームをアニメで引き起こし、若者を取り込んだのは、改憲に向けた明治維新の時代に戻そうという方略なのでしょうね。怖いですね。

 

 

 

 

憲法改正への関心低下

20代で50%割り込む

 

©一般社団法人共同通信社

 

 憲法改正問題に「関心がある」と答えた人の割合が64.1%となり、同じ質問を始めた2013年以降最低となったことが、公益財団法人「新聞通信調査会」(東京)が実施したニュース媒体に関する2018年度全国世論調査で分かった。20代では「関心がある」が48.8%で、初めて50%を割り込んだ。

 また、ニュースの分野別に読んだり見たりするメディアを尋ねると、全ての分野で民放テレビが首位に立った。ネットは「スポーツ・芸能」と「生活・健康」の分野で2位に、新聞は「地域」で2位に入った。関心に合わせて複数のメディアを利用している実態が裏付けられた。

 

 

憲法改正への関心低下 20代で50%割り込む | 共同通信 - This kiji is
https://this.kiji.is/428644583078069345?c=39546741839462401

 

 

「明治150年記念式典」に垣間見えた、安倍政権の思惑とは!?

小出平走歌
明治150周年

明治150周年記念式典の様子(首相官邸HP内映像より)

 10月23日、憲政記念館で「明治150年記念式典」が開催された。保守層はこれを伝統行事的にとらえているが、それは違う。今回、天皇、皇后両陛下がご出席されなかったことで世間にも明らかになった。

 

 報道によれば、宮内庁は「政府からお声がけがなかった」(西村泰彦次長)というが、なぜそんなことが起きたのか?

 これは天皇陛下の存在を薄れさせ、政治家に権力を集中させようという自民党、つまり右派の政治的行事なのではないか?

4年前の演劇に酷似した状況

 

 2014年に『治天の君』という劇団チョコレートケーキによる舞台が第21回読売演劇大賞選考委員特別賞を受賞したが、大正天皇の生涯を描いたこの作品、奇しくも現在の日本の状況を予言していた。

 作品の中では、大正という時代を薄れさせるため、かつ軍事国家や封建主義であった明治を復権させるために、あえて昭和になってから明治60周年という記念式典を盛大におこなう計画が内閣によって企てられる。平成末に行われる明治150周年式典が計画されていると最初に聞いたとき、筆者はまさに「企て」がはじまった予感がした。そしてそれはそのとおりに実行に移されているようだ。

 現天皇の退位を何度も政府が決定したようなフライングがあり、その後、正式に決定された。しかしその後、この件について天皇からのお言葉は発せられていない。これは異常な事態だろう。大正時代にも企てられた不遜な計画が平成で堂々と実行にうつされているのだ。

 そもそも、政治的動きをする神道派と縁の深い日本会議は10年以上前から杉並区で自民党議員や元財務相関係者を中心に「古神道勉強会」という名目で活動を行っていた。しかし内情は、盲目的な自民党信者の集まり。筆者の知人がいつのまにかこの団体に取り込まれ、自民党の賛美しかしなくなった事態に接し、団体のカルトぶりがその当時でも異常に感じられた。

安倍政権は「逆明治維新」を宣言しようとしているのだ

 

 先日、神社本庁の内紛が報じられたがそれも当然だ。一昨年から、神社で改憲に賛成する署名を集めたりする活動をするのも政教分離原則からいえば十分おかしな動きである。神社ブームの昨今、神社の伝統をかかげれば若者がなびくと考えたのだろう。

 内部では、自民党寄りの幹部と、もともとの神道を重んじたい幹部とに分かれる。神社本庁自民党寄りの動きをしているのかは、金と権力に揺らいだ結果だろう。神社本庁の敷地売却で揉めているのがその証拠だ。神社本庁で各地の有名神社に幹部を送りこんでいるのも不穏なはなしのひとつ。今後も注視していきたい。

 話を元に戻そう。政治家たちが今、何をしているのか?

 簡単にいえば「明治維新150周年記念式典」を使って、「逆明治維新」を宣言しようとしているのだ。「象徴」という存在すらも、天皇から取りあげようと政治家たちは躍起になっているのではないか?

 江戸時代の東京を考えてみてほしい。徳川に江戸の権力と富は集中した。庶民は激貧であった、農民は年貢に苦しめられ、町民はその日暮らしの生活を営んだ。こういった世界を再現しようとしているように思えてならない。

 そのために天皇陛下の存在を薄れさせようとしている。仁徳天皇陵の発掘もその一端だ。有史以来、宮内庁仁徳天皇陵に手を触れることは過去一回も許されていない。その仁徳天皇陵に調査が現政権という時期を選んで行われるのだ。調査結果は、調べずとも明々白々ではないか?

 やがて、時が過ぎこのことが庶民にもわかるような時が来るだろう。

 しかし、それは100年後かもしれない。

<文・小出平走歌>

 

「明治150年記念式典」に垣間見えた、安倍政権の思惑とは!? | ハーバービジネスオンライン
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