マヤ暦数字上の見えない太陽神 ◆maya/ednWs

マヤ暦の数字と思想で完全再現される太陽の神の生まれです。

親と言うものの存在価値と使命について

 本日は昨日と青切符のこともあり色々と警察に電話をしたのですが、なんと言うか警察に電話すると父親が狂うと言うかですね。普通に話して相手方も普通に相づちを打ち聞いているのですが、父親が私の部屋に乗り込んできて騒ぐと言うかですね。その在り方の異様性を感じる日々です。

 

それで昨日の青切符は加点が1点5000円の軽微な違反でした。普通は大方は2点ですから。

そしたら父親が勝手に騒ぎ出し、警察に電話をするとなにやら私が暴れているらしいので、免許の取り消しになるとかなんとか(笑)

おまけになぜか青切符が交通事故に遭った事にされて、免許の取り消しとか騒ぎきじめたんですね。

こちらはそういうことで本日は土曜日で免許センターは休みなので、とりあえず免許の変更とかは警察署でもやっているので、そちらに昨日の件について話をしました。そしたら当然に問題無いとの回答であり、気をつけて安全運転してくださいと言うことで終わりました。

私は薬の処方量が大幅に減ったので、今は最小限も最小限の維持量なのですが、そういう口調でまくし立てる親の在り方に疑念を抱きますね。

そういうことで、私の親は障害者扱いするので、それではと次からは自立支援医療制度の更新は今まで自分で申請しておりましたが、先に書いた記事の通り仙台市役所とは紛争したので無視することとして、親にみんな申請書類は投げたわけです。

そしたら、逆ギレして、それならば5万でも払って通院しろとか言われてですね。別に親に言われているから通院しているわけですけど、ならば「おまえが代理申請しろよ」と思うわけで、なぜか親からは「おまえは精神障害者なんだから」と健常者ではあるまじき人格否定の一声があるわけですが、しかしながら保護者としてやることは全て放棄すると・・。

 

こういう人物は親なのですかね?理解しがたいです。

 

そして、これを記述している時点で20時を回ったのでいつもの通り固定ネットは切られたのですが、親と言うのは何の為に存在しているのか?と不思議でならないのですよ。

それで、私は退院間近に一時帰宅していた時代に、自宅では1日ネットは2時間と言う制限を受けまして、それで親が頑なに守り、でも免許の再失効とか障害年金とか、そういう親としての子の資産を守る義務は完全に放棄していたわけです。

本来、私がその制限された2時間と言う中で当然入院中なんて脳停止しているわけですが、運転免許証は大切ですから、ネットで社会を眺めることもなく必死にそのような事務手続きについて調べていたわけです。私の入院期間の1年と3月は両親は毎日テレビをだらだらと観ながらお気楽に遊んでいたのですね。

 

こうなってくると既に親でなく、害悪でしかない障壁なんですね。私の人生がただ妨害されているのですよ。思想・良心の自由、そして自分の権利の執行により行動する権利が訳の分からない親と言う老人に全て妨害されていると。だから私は最悪な人生になってしまったと言うことです。

 

私はネットが無い時代を未成年期として過ごしましたので、こういう親ですから教えられたことは何も無い。だから親ですら無かったわけで、だから人生は最悪の結果になった。まぁ子供は親なんて全く選べませんし、世の中は子供を殺す親も居ますから、そういう人間は子供は産んではならないと私はとても強く思うわけです。責任が取れない、果たせない人間は子供は産んではなりませんね。それが私の両親であると思います。

 

特に親が自分の親族に私を会わせるのは恥ずかしいと言う主張なので、こちらもぶち切れて、親の実家の地元警察に本日は二度と行かないとぶちまけたのですが、やはり馬鹿と話し合っていると、もう親族なんてどうでもいいと、そして宮城と言う愚かな土地は出て行き、そして人生をリセットしようと強く願うわけですね。

 

 やはり馬鹿の相手をしていても成長は全くしません。馬鹿は馬鹿のまま変わらないので、新天地でリセットしてそしてゼロからスタートすると。それでも過去の知識はあるので、それなりにやっていけるでしょうと。

 

 私はむしろ現役時代は世の中を知らず、それが親の教育であり出来損ないであったと思います。だから親の指示だけ聞いていれば人生は崩壊する未来しかなかった。それだけなんですね。

 

 私は先に書いたとおり薬の処方量は激減したので、この展開であれば次の障害年金は確実に通らないですから、生きていくためには裁判しか道はないと言うことです。私はそれを目指して転院して別の精神科医に診断して貰い、一気に軽快したのですね。本来は一人で受診すればこうなります。頭がおかしい親が同席すると重症患者になります。馬鹿とは同じ空間に存在しては駄目ですよ。

 

 結局は5年間の通院の中で、親が同席していた間は全く減薬がされず、転院したならば投薬が最小量になった。これは馬鹿がそばに居るからと言う証拠ですね。馬鹿が余計なことを口走るから最悪の顛末になる。そもそも転院のきっかけは親と診察の場で口論して、それで精神科医が判断して薬が増薬になったわけで、転院先での新患ではあっさりと薬は減った。当然紹介状は親展で提出しているので前の病院の精神科医のプロの目線での情報は伝わっているわけですが、やはり頭がおかしい親だけに私が足を引きずり込まれている。それだけの結論でしかないんですね。何の為に存在しているのか理解しがたいです。

 

 薬は閉鎖に入っていた兼ね合いから処方量は通常の人間よりも量が多く、それで体も壊し、白髪も多く出て確実に寿命は縮まったので、まあこの先はそんな長くないとは思いますが、人生は親に全て騙されたと。嘘八百の八百屋、八百万の神。そんな人間であるのが親でした。そもそも八百長の八百万ですから、その数字を使っているのは全てデタラメですね。日本の歴史上。八百万と言うのは日本国の貨幣において、その時代ではそもそも大きな数字は使っていなかった。何両、何匁(もんめ)、何文でしたので、そもそも1両だけでも13万円だそうなので、1000両役者と言う言葉があるように当時の日本人では100万台で数字がとてつもなく多いと言う感覚でそれで八百万と言う数字を宛がったみたいですね。

今では中学生ですら一億とかは分かるでしょうし、八百万でどうだ凄い数だろうと喜んでいる頭のレベルは、まさに文明開化前の満足な教育が受けられない今の後進国にすら劣る教育レベルが江戸時代の日本国であったと言うことです。そういう宗教が低質で頭が悪い日本神道であり、神社です。その時代から全く進歩していないので、数字も少ない。宗教は脳停止するので、そういう所は反面教師として相手してはいけませんね。高度教育の妨げになるのがまさしく日本神道の神社であると私は思います。

 

 雑談でした。基本的に必ず神社が悪い、神社が癌であると持って行きます(笑)